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「国会の混乱の先にあるもの」 ガソリン関係の暫定税率の延長問題がこれほどの国会混乱を起こすとは、その真っただ中にいた1人として驚いてしまった。政策論議そっちのけの実力行使にあっけにとられたのである。こんなパフォーマンスだけしかできないのかと思うとがっかりであり、驚いてしまったと言っているだけではいけないのはよく解っているのだが・・・・。 そもそも次の10年で59兆円をかけて道路を日本中にひいていこうと考えたこの計画は地域から国に至るまで、それぞれ民主主義の原点でもある選挙によって選ばれた首長と議員が代表した形で議論をし、そして決定し、一番地域住民の近いところにいる地域から国に至るまで、代議制を通じて決定されたものである。したがって、地域住民や国民不在で作成されたものではないという事をまず指摘しておきたい。 次によく言われる無駄な道路だという点だが、自分の地域の道路をそこから遠い地域の人達から見ればその地域の人達自身の道路の方がはるかに大切なので無駄と言うことになるでしょう。自分を中心にすれば必ず相手は無駄になるのは世の常でしょう。相手の無駄は自分の利という輪のど真ん中には「無駄」という言葉があるという事をマスコミによって面白可笑しく使わされてしまったのであります。 そして1月29日の議員運営委員長を軟禁状況にした民主党議員諸君の行動や、また1月30日には私も出席した財務金融委員会でも、理事が一時理事会室に軟禁されるなど、暴力による物理的抵抗をこころみた民主党の稚拙としか言い様のない度重なる行動が、世間から政治を遠いものにしてしまった。同時に戦後今日まで毎年々起こる政治不信を招く出来事の両方に国民がそろそろ愛想尽かしているのではないでしょうか。だから与党も野党も実は両方とも国民から捨てられているのではないでしょうか。こうしたドタバタ劇を見て、野党の諸君は地域の事は何も考えず、ただ次期衆議院選に向けた環境づくりの為だけに国民生活の全てを犠牲にしてまでのパフォーマンスに強く猛省を促したいと考えます。一方で今日までのさまざまな政治不信を招く事となった出来事については、我々自民党も反省をせねばならない事はあると考えております。1月31日のドタバタ劇の翌日は、憲政史上初となった委員会採決を行った法について提出者からの申し出による取り下げの手続きを行ったところであります。 私は、実は森元首相から29日よりエチオピア首都アジスアベバにて開催されるAU総会への随行を求められ、後にはニジェール共和国へ総理特使として大統領閣下、首相など同国高官と会議し、本年日本国横浜での開催のTICAD4の会議への招請をあらためて行う事となっていたのでしたが、国会におけるこうした事態もあり国会対策委員会副委員長という立場もあり、森先生と行く事を断念したのである。たしかに本国日本に残り国会の混乱の中に身を置き、その中で他の先輩副委員長と共に緊張の中頑張って経験させてもらったが、結局これは何だったのだろうかとつくづくと考えさせられるのである。二階先生は最近よく松下幸之助翁の言葉を引いて「政治の生産性をあげなければならない」と言うが、いっこうに上がらない。アフリカ53ケ国に対する日本の彼らの将来へのプレゼンスも極めて国際社会における日本を考えたとき大切である。しかし地域生活に直撃をする様な卑劣な手法で政局を作ろうとする民主党は絶対に撃退しなければならない。ところが一方こうした、たとえば暫定税率の例で、民主党のホピュリズムに、ちゃんと反応しない首長がいるのはあきれる。何故なら彼らが市について計画を立て国への予算要望を行ない今日の工事を推めてきたのではないか。その代表的な地域が私の選挙区の中でも強烈に打撃を受ける東海市である。これは10億円以上の損害をうける。これで街づくりが止まることがあってはならない大切な時期を迎えているにもかかわらず次の自身の選挙の事が気になる市長はこれほどの街づくりへの被害をはっきり認識できるのにもかかわらず、反対の声をこれまた上げずにいる状況である。民主党に気がねして物も言えないという事があってよいのだろうか。民主党こそが市民生活を手玉に取って行動をしているのではないか。私は市民生活を守る為にもここは一歩も引いてはならないと思っている。 ねじれ国会と言われて半年。先の参院選に負けたのは、自民党自身に相当に大きな責任があるのは無論のことだが、ここまで政局だけにしか興味のない民主党によってまともに政治ができなくなっては、本当に国民生活はどうなるのかと心から心配である。 それにしても政治はかつて大学時代読んだマックスウェーバーの名著「職業としての政治」の中に出てくる一節「いかに目の前で起こることがばかばかしいものであっても、それにもかかわらず」と言える者だけがこれを(政治家を)天職とすることができると書いてある。かつて亡くなった父と、これほどばかばかしいことを行っている様な仕事になぜ就きたいのかと、私と常々口論していた日々を思い出す。たしかに父の言う通りだったと、今なら父の前で素直に言える。 しかし私は、理想に燃えてこの仕事に就いて改めてこの「ばかばかしさ」を味わい、はじめてその事が言える様になった。その私としては、大学時代の名著の言葉の様に「それにもかかわらず、それでもそこにやらなければならない事がある」とあらためて確信をしている。それにしてもほろ苦いものだ。そしてまだまだこれから沢山のこうした経験をすることになるだろう。その後に私自身の人生が終わろうとする時、一体どんな事をこの国にあるいは地域に対し成すことができるか。これからも真剣に思いを巡らせてゆきたい。
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この新聞記事で、手前で手をあげているのが私。これは野次と怒号で委員長の採決を求める声
がきこえないので私の近くの席の皆さんへ「起立」だという事を知らせている瞬間です。