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朝6時、丹羽団長とEUの団長と共に。ホテルにて。大使も。
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さあ、いよいよ投票所で、投票開始です。
午前7時パクダプール1区。準備にあたる人達。 |
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投票所は男性と女性で並ぶ場所が違います。こうしておかな
いと、やはり男女がうまく投票できないとのこと。お国柄です。 |
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| 比例区の投票用紙 |
選挙区の投票用紙 |
これを押して印を付けます |
投票箱 |
投票の行動のための
説明書 |
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| 票を置く場所。青は選挙区、赤は比例区 |
投票箱は兵隊に
守られています。 |
投票済書はありません。
親指の爪に色をつけます。 |
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いずれの投票所でも実に多くの皆さんが列をなしていました。お寺や学校など、いろんな所で全国2万ヶ所。
内33ヶ所で暴力で投票延期、4人が死亡した。ついに手に入れた投票権。 |
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それぞれの投票責任者
のノート。私はなんとあの
カーター元大統領の後に
名前を書きました。 |
ネパールの赤十字国の
方ともパトロール |
ネパール人の自らの
NGOによる選挙監視
国もよりました。 |
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| 本来やってはいけない投票用紙の模造品による投票日のキャンペーン。 |
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投票箱がいっぱいになっ
て定規で入れています。 |
びっくりしました、ネパールに
も祭りのための山車でした。
知多半島もびっくり。 |
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トラダール人権活動家と会談。マオイストとの間を取り持った人。
極めて今後ネパールの政界で大事な立場となる人と思われる。 |
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2006年に除幕した、石碑はちゃんとそこにあり
ました。私の名前の入ったプレートも杉浦先生
(常滑市の方)の彫刻です。 |
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| ここは橋本先生の父上龍太郎氏がオープニングに来られた所。 |
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カンティー小児病棟。橋本元首相が大変尽力された病院。大変温かく迎えていただきました。
ただ資金的に大きな問題となっています。引き続き日本は手を貸してほしいと頼まれています。 |
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昨年このカンティー病院に故橋本龍太郎夫人と長男そしてジュディオングが訪問
した時のサイン。実は私はジュディの元夫であった人を、よく知っていて、この病院
の件は、よく覚えている案件でした。だからびっくりです。 |
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| 夕方5時、投票箱閉鎖!! |
残った投票用紙も厳重
に!!整理している選挙
管理委員会の皆さん。 |
投票時間を終わった後
の街、とても平穏です。 |
4月10日夜。大使館、選挙
監視団。現地日本人の皆
さんで、ご苦労さん会を開
かせてもらいました。ネパール
の記念すべき一日でした。 |
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ネパール共産党のネパール書記長と会談。かつては象徴国王制も自ら考え、発案したことを
明かされました。今後のネパール政局の中で重要なプレーヤーとなるのではないかと思います。 |
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ヤク&イマティーホラム内にあった日本国選挙
監視団の部屋。ここで毎日がんばっていました。 |
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